大人が事実を指摘しても、子どもの心がねじれていく時


子どもたちは言葉以上に、雰囲気とか気というものから

敏感に察知しています。

わたしたち大人が想像する以上に、もっとはるかにたくさんの事を感知して

心に焼き付けていると思えてなりません。


教室では、動作が緩慢だったりして

集団行動に遅れて、はみ出してしまうタイプの子がいますね。


教室では、その一人をみんなが待っているというのは事実で

いつも気長に待っていられるとは言えません。

先生から急かされるだけでなく、クラスのみんなからの目線もあります。


時間や集団行動の秩序を守れるようにどのように導いていくか、という事が指導なのであって

「みんな待っていますよ」 と大人がせっつくのは、浅いと思えてなりません。


しーーーーんと、みんなが待っている中

どんどん視線と無言の圧力が増していく中、先生から発せられる

「みんな待っていますよ」 の言葉が刺さる。


いえね、温度だと思うのです。

声の温度。


「みんな待っていますよ」 と冷たく放たれた言葉は

「あなたが問題なのよ」 と言わんばかりの責め口調では

劣等意識だけがしこりのように残っていくと思えてなりません。


時間内にできていなくて、みんなが待っていることを伝えながらも

トップダウンのようなやり取りではなくて

平静で、ただ事実として伝えてどうやったら改善していけるか

改善していこうという意識に照準を合わせていける声の温度で伝えたい。


そんな声の温度を探りたい。


指導とは決して上下関係ではなく、子ども(子弟)であっても

人として対等な目線で接しないと成立しないと思っています。

暗黙のパワー関係(上下関係)では、その場はやり過ごせても

表面的な支配と服従に過ぎず、真に積極的な問題解決に向き合えていない。


ストレスを与えて、ストレスにさらされた状態で出来るようにさせようと

強い態度で迫っても全くの逆効果だと思います。

リラックスした状態で本当にじっくりと考えて、取り組むことができるのではないでしょうか。


学校の先生方も、親も、強い叱責で指示に従わせようとするのは

適切な指導ではないと思います。


彼らからますます思考力を奪って、恐怖と嫌悪の中で、無思考の状態での

服従にすぎません。


そんなことが繰り返されれば、子どもたちの心は萎縮して

むしばまれていってしまいます。



待たせてしまう事がある子どもたちは

こんなに頑張っていたり、ステキなこともありました。


雨上がりの朝・・・教室に入ってくるや開口一番に

少し明るくなってピンク色に色づいた、窓から見えた空の色を指さして

キレイと言って、友達に教えてあげていた。

夏休みの補充学習で、字をとても丁寧に書いて、読みやすくきれいな文字だったこと。

絵が上手で、画面いっぱいに色鮮やかに描かれていること。

字や絵が上手ということは、つまり

形を捉えてそのまま写す模写の能力が発達しているということ。

いつもふざけてばかりで損をしているところも含めて。。。


そんな良いところがこぼれてしまわないように

たびたび他の先生方に叱責される合間に

私は子どもたちに、そんなチャンスを見逃さずに丁寧に伝え直していこうと思います。





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