お休みの日の過ごし方


運動会が終わって、登校一番に話しかけてくれた子どもとのやりとりが衝撃だったので
http://starryheaven.seesaa.net/article/453762796.html


他の1年生の子にも、代休の過ごし方を聞いてみました。


たいていの子は、ご両親のどちらかご家族のどなたかと一緒に過ごしていたようですが

お出かけをしていた!という子が多くて、これまた驚きました。


田舎の学校なので、お出かけといえば車で小一時間ほど走った市街地に出かけた

ということを意味することが多いです。


運動会を終え、運動会の翌日もお出かけをして、次の日から登校。


私がのんびりしているからかもしれませんが、今の子どもたちは忙しすぎるように思えます。


毎日があまりに慌ただしく過ぎていき、実生活というか

生活の営みという実感がないまま、流れていっているような気がしてなりません。

これは今回のことに限ったことではないのです。

学校行事の合間に、毎週毎週どこかに「お出かけ」 している。


遠くへ非日常な場所へ出かけたことが、さも優れたことのように

我も我もと競うように報告してくれます。


楽しかった、うれしかったという報告は、もちろん気持ちがいいものです。

ただそれがあまりにも日常化していることに、疑問も感じています。

暮らしというのは、生きていくというのは、楽しいお出かけだけでは済まない。

毎日、ご飯を食べ・・・

ということは、食材の調達をし、料理をし、お皿やお鍋を洗い・・・

着たものを洗濯し、干し、たたんで整理収納し

お風呂に入り、お風呂を洗い、浴室洗面トイレを清潔に保ち

眠り、寝具の手入れを繰り返し

住まいを清掃し、整え、メンテナンスをし

日用品や備品の管理も怠らず

そんなことの繰り返しなのだから。

必ず誰かが、それをしてくれているのだから。


そして毎日、太陽は昇り、日が暮れ

自然や大気や、植物や虫たち、人間を取り囲むすべてのものが

同じように息づいていて、その中でヒトが暮らしを営んでいる。


だれかが働いてくれているおかげで、お金で

いろんなものも経験も、手にすることができている。


その生活の基礎をすっとばし、タイトルのつくイベントや場所へのお出かけが

週末の最たるイベントとしてフォーカスされすぎているようで、すこし疑問も感じました。


当たり前の日常を、自分もその一員として丁寧に暮らすこと。

当たり前の日常も大切にしたい。


思わず、一人の先生にもらしました。

「子どもたちは忙しいですね・・・びっくりしました」

その先生は、こう返してくれました。



「子どもたちは親の遊びに付き合わされて・・・」



お出かけに反対するわけじゃないのです。

ただ、学校だけで子どもたちに働きかけるのには限界を感じていて

学校ではどうしても家庭に入り込めないところがある。

ご家族のご理解とご協力があってこそ、学習を始め

子どもたちの中に入っていくものが実を結びやすくなる。


学習する基本姿勢は、生活の延長線上にあるものだからです。





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