宿題の効果

土曜日は、絵本の選び方と宿題の効果をテーマに、気楽なお話し会でした。

子どもたちのためにということで、まずはお母さんとお話合い。

来月からは子どもたちだけでも参加してもらえる、絵本の読み聞かせなどを続けていきます。

8/25(土)10:00~11:30 リトルプリンス&リトルプリンセスの集い ~参加費無料~

子どもたちだけでももちろん、絵本に興味がある大人の方だけのご参加もお待ちしています♪


さて、宿題の効果についてはこの記事をきっかけに賛否両論があるようです。
IMG_2792.JPG

私自身としては(幾分不満を感じながらも)学業に励んだ学生時代があるので、ある程度の年齢に達してからの学習を続けることには幾つものメリットがあると思っていますが、小さい子どもたちにはどうでしょうねぇ?と疑問を感じています。

知識や計画性、忍耐力が養われる、自信がつくだけではなく、学習を続けるという事は脳のトレーニングになりますしね。
国語は、文学に親しむことで言葉の世界が広がるだけでなく、世界観を広げることさえできる。
数学は・・・というように、一つも無駄な勉強はありません。
点数や志望校がどうこうというよりも、学習する時間と経験がすべて自分の糧になりますから、今「勉強が嫌や~」と思いながら勉強に向かう子どもたちには励ましをおくります。
それでもやっぱり勉強は、強制や強要になった途端にその性質を変えるものなので、勉強が苦痛で負担になっている子どもたちには、決して無理をしないでほしいと思います。
勉強は、ほんの一部のことだから、と。

さて宿題の効果について真剣に述べるつもりはなく、この記事をきっかけに「あてはまらないかもしれないという視点」の大切さを伝えたいのです。

そもそもこの記事が、論文全体のごく一部だけを切り抜かれているという指摘もあり、論文全体の主旨は私にもわかりません。

私も一度だけ取材を受けて地方の新聞記事に掲載していただいたことがあるのですが、その時でさえ、話した内容と全然違う表現が混ざって記事が仕上がっており、意図とは違う受け止められ方をすることに困惑した経験があります。

そんなことはきっと日常茶飯事なのでしょう。

常にさまざまな情報が溢れている昨今ですが、当人や自分たちにとってどうなのか?という視点を常に大人がキープすることが大切だと思うのです。集団の中で生活している子どもたちはつい、「情報の内容≒自分」と、めりこんでしまいやすいからこそ、大人がそうじゃないかもしれないよ、と風穴を開けておいてあげてほしいのです。

権威ある人や実績という数値はいかにも説得力があり、人が欲しがるものですが、数字はただの数字です。
あなたにとってどうなのか?自分にとってどうなのか?という自分の視座を養い、自分の軸を極めていくことが生きる価値だと思っています。

情報は正しいかもしれない、間違っているかもしれない。
正誤は曖昧かもしれない。
一つだけ確かなのは、自分と相手は同じではない、違うのだということです。


にほんブログ村 子育てブログ 子供の教育へ
にほんブログ村
子どもたちのこと、一緒に考えてみませんか

https://www.re-heavens.com

この記事へのコメント