テレビを見なくなった理由


台風一過の今日ですが、自宅にはテレビを置いていませんので、リアルタイムの全国の様子が分かりません。
被害がなければと願うばかりです。


さて、自宅でテレビを見なくなったのもここ数年来のことです。

一方的に流れてくる音声や映像、CMに違和感を感じるようになったのが理由です。

良い番組もたくさんあるので、見たい番組だけを見るというのもいいと思うのですが、子どもたちに関してはどうしても気になることがあります。

一つ目は、番組でも報道でもそうなのですが、”事件”がいつも流されていることです。

いつも日本のどこかで聞くに堪えない凄惨な事件や事故が起こっていて、それが朝も昼も夜も絶えずニュースとして報道され、アナウンサーが読み知らせる言葉も、イメージを抱かせる映像も、子どもたちは日々吸収してしまうことが、とてもいたたまれない気持ちになってしまいます。

事件について知りたいとも思っていないのに、一方的に知らされ、脳内にインプットされる言葉や映像が、どんな風に子どもたちの心象風景に蓄積されていくのだろう?と考えてしまうのです。

わたしたちは、聞くもの見るものすべてから影響を受けているのに、子どもたちの柔らかい脳に、そんな”事件”に関わる言葉や映像を、毎日無意識に与え続けることが、彼らにとても不釣り合いだと思えて仕方がないのです。

乱暴で過激な番組の内容や、人をばかにしたような笑い、表面的に盛られているような作り上げられた虚構の世界が、あまりにもテレビの中では日常的すぎて、それが無垢な子どもたちの日常の一部~当たり前になってしまうことを懸念してしまいます。


二つ目は、過剰に不安や問題を喚起させて商品をすすめるCM。
実質以上にイメージをつくりあげようとする操作性にうんざりします。

番組の随所でいくつものCMが続くのも、見ていて疲れます。
番組を見ているのか、CMを見させられているのか、分からなくなります。

こんな理由から、大人の私自身がテレビを見ていて疲れを感じるようになり、もうテレビを見続けることが苦痛になりました。

番組もCMも、すべて背後で動かしているのは、実利と数字。
大人の都合で、子どもたちのまっさら~な心やふわっふわのイメージの世界に、大人が作り上げたパターンを埋め込みたくないものです。


大人が見るのと、子どもたちが見るのとでは、感情や脳への刺激・吸収・蓄積のされ方がまったく違うと思うから。

もう1回繰り返しますが、子どもたちのやわらか~い感性や脳にインプットされる言葉や映像が、どんな風に彼らの心象風景として蓄積されていくのだろう?

テレビによって、事件の詳細を日々知らせることや、大人が苦心して華やかに演出する番組やCMは、子どもたちの心の栄養になるんだろうか?

それとも中毒性のあるToxicになるんだろうか?

視覚優位性の子どもたちは特に、映像が印象に残りやすいでしょう。
衝撃的なシーンや刺激的な画面は、彼らが自分で気づいていなくても何かしらの痕跡を残していて、それらの積み重ねは、彼らがこれから生きていく世界像の一部となるのです。

私は、テレビは悪いとまでは言えませんが、子どもたちの無意識への影響という点で疑問を払拭できない限り、彼らにテレビからの情報を垂れ流しにすることに賛成できません。
テレビとどう付き合うか、よく考えあって、気持ちよく楽しめるといいですね。


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