学校で傷ついた体験を持つ子どもたちの親の方へ


日ごろ色んな年代の方とお話しをさせていただく中で、忘れないシーンというのがあります。

誰でも感情の動きを伴った作業、体験というのは記憶に残りやすいですね。

学習でも、張り付けたような硬直した表情で学習するより、笑ったり、得心したり、共感したりしながら学習できる環境を作ってあげるのもいいですね。


さて、ふと今日書いておきたいと思ったこと、何人か集まってのお話し会でのことです。


”遠くから来られたある男性は、ビジネスや稼ぐ仕組みについて関心が高く、自身の成功体験を話すことで皆に喜んでもらえると、共感や称賛を得られると、みんなを鼓舞しようと熱意を持って参加されたようでした。

ところが、その日はいつもと話しの流れが違い、その方の思惑通りの反応を得られなくなりました。

予想通りの反応が得られないとなればなるほど、彼は躍起になって、どん底からはい上がってきた自分の力や頭脳活動のすばらしさを分かってもらいたいと熱をこめて話してくれました。

自分の力でやってきたこと、どうやって他者に受け入れてもらえるかをどん底で必死になって編み出した技法が大成功し、今の自分があるのだということを、お金を絡めてこんな話し方をしてくれました。


「お金の事をきたないとかきれい事を言う人は、本当にお金のことで困ったことがない人なんですよ。
 本当にポケットに100円とか200円とかになったことがない人なんですよ。」


その時私がどんなやり取りをしたか残念ながら具体的には憶えてないのですが・・・
というより、その後に返ってきた彼の返答が胸に刺さりすぎて、それ以外の記憶がないんですね。


私が何かを返答した後、彼はこう言い放ちました。


「あ~そうですか、じゃあ、あなたは心がきれいな人なんですね!」


私は思いもよらない返しに驚いて言葉を呑んでしまったのですが、心の中では即座にこう思ったのです。


「あなたがさっきお金のことで話したことを、お金の部分を心に置き換えて、そっくりそのまま返します」と。


心がきれいだと、まるでキレイ事のように簡単に言う事が出来る人は、本当に心の事で傷ついたり、苦しんだことがない人なんですよ、と。”



さて、どちらが良い悪いじゃない。



このブログを見てくれている人の中には、何かで傷ついた経験を持つ人もいらっしゃるのではないかと思います。


子どもたちが傷付いていることを、自分も辛く思いながら見ている親の方もいらっしゃるでしょう。


傷付いた体験をどのように昇華させていくか。


何かのことで傷ついた体験は、子どもにとっても、親にとっても
そのことについて成長させるきっかけになるということを伝えたかったのです。


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