テストに出ないなら教えなくていいか?


教育の現場に関わっていると「テストに出ないなら教えなくていいか?」というジレンマに遭遇する時があります。

子どもたちは「テストに出るところだけ教えてほしい」のは本音・・・

大人でも、出来ることなら無駄を省いて近道でゴールへたどり着きたい、目的を達成したいと思ってしまうのは必然ですもんね。


子どもたちもいい点とりたいから、テストに出るところを勉強したい。そりゃそうだ。

で、いい点とると、どういいのか?
誰が喜ぶのか?

▶子どもたちはまたいい点をとりたくなる。

数字で表される結果が、自分の価値を左右してしまう勉強の在り方かもしれません。

ちょっと要注意事項。


塾や予備校なんかは、志望校への合格が必須だし、成績のアップが見られないと存在意義がないから、得点できることに照準を絞っていて、テクニックの伝授にぬかりない。


だからってね、塾の先生が「テストに出ないことは勉強しないでいいよっ」とサラッと言っちゃうと、勉強すること自体の目的が、歪んで伝染しちゃわないかなって、私は思ってしまうんですよね。


「何のために勉強するの?」

子どもたちの根底にある永遠のテーマ・・・



大人でさえテストでの得点稼ぎが最優先事項になっていると、やっぱり子どもたちも

同じように感化されるのは必然。。


私は、勉強って脳ミソの筋トレのようなものだと思っているんです。

たとえば、テニスが上達するためにはラケットを握ってのテクニカルな練習は必須ですが、地道なランニングや腹筋や脚力などのトレーニングをしない人はいないですよね。

球とラケットを操る技術だけでなく、筋力や基礎体力、動体視力、心肺機能の向上などすべての能力を鍛えることをするわけです。

勉強も同じだと思うのです。


自分は、勉強とは、脳ミソの筋トレで脳力のバランスアップができるといいなと思っています。
思考力や分析力とか、注意力や観察力とか、そういう感じ。

教育出版社で家庭学習のサポートに携わった時も
小学校で教育支援員として勤務した時も
大人になって子どもたちと接していると、苦痛や我慢がいつも勉強とセットになってしまうのはとても残念に感じています。


勉強って忍耐の上に成り立つものじゃなくて、新しいことを知ることや、今まで気にも留めなかったことに関心を持つようになったり、そういうのが自然と刺激になって楽しいと感じるものが勉強だと、子どもたちがそう受け止めてくれるような指導を目指しています。

世の中にはまだまだ知らないことがいっぱいあるな〜♪ワクワク

日常には、こんな神秘的な現象がたくさんあるんだ!ドキドキ☆

こんな発明をした人、こんな文章を書く人、こんな研究をした人、こんな生き方を貫いた人

人って、歴史って、すごいな〜!ポワ〜ン

へぇ〜こんな仕組みなんだ!目からウロコ☆

ってな具合に。

加えて、自分で計画を立てて、それを果たせたという達成感。
出来なかったときも、そんな自分を受け止めつつ、また新たなペース配分やメニューを作って、自分のことを他人まかせでなく、自己管理する主体性を養いたい。

勉強を通じて世界が広がり、自信が深まっていく体験を積み重ねていくことを主眼にしています。


分からないと思っていたことが分かった!できた!それらをシンプルに一緒に喜びあいたい!

時に苦悩の沼にハマるときは、杖になる。


集団指導ではなかなか手がまわらないことが、個別指導ならサポートできると思います。




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