一番避けたいのは二次作用


勉強が苦手というだけのことで、その子自身の輝きが失われてしまうのが本当にもったいない。

子どもたちの間では、勉強ができないという事は、友だち関係にはまったく影響しません。

子ども同士でも性格の相性によって仲良くなるもので、勉強ができるかできないかで仲良くなったりグループができていることを私は見たことがない。

それでも中には、勉強ができないことがとてもネックになってしまう子がいる。
周囲の子はまったく気にしていないのに、当の本人だけが劣等感を膨張させてしまい、その子の力を削ぐことになってしまうことが本当にもったいないと思うのです。


勉強ができないことが問題なのじゃなくて、そのことによって心理的なダメージが深刻になってしまうことが問題。


勉強の出来不出来が人の価値を左右するものではなく、得手不得手の一つとして受け止められるようなフィーリングを伝えていきたいですね。

みんな肌の色が違ったり好みが違うように、自分の得意不得意をそのまま受け止められるから、相手の得意不得意にも素直に賞賛したり、共感できたり助け合える。


大人もそうではありませんか?

彼(彼女)は優秀だから付き合いを続けようとか、当社にとって実利的なメリットがあるから仲良くしようとか、それだけが基準になっている繋がりや関係って、味気ないし苦しいです。

一緒にいる相手の評価にくっついて自分の価値を高めて見せているだけになっていたりもします。

ギブ&テイクするものが無くなったら、あっさり関係が終わります。
とてもドライ。

そういう関係を次々に楽しめる人同士で盛り上がれる事もあるでしょうが、大人がこういう感覚に傾倒しすぎると子どもたちもいずれそうなりますよね。


一方で、勉強ができなくったって、あっけらかーーーんとしていられる子もいます。

勉強ができなくても、学校や家庭でのびのびと過ごしている。

勉強ができていないことが自分でも分かっていて「勉強、苦手みたいだねー」

「そだねー」

と、それだけのことで済ませられる。

人と仲良くして、楽しく暮らしていける。

好きなことや出来ることを仕事にして、幸せに生きていける。

周囲の子どもも大人も、勉強ができないその子を特別視しないし、特別扱いもしない。
普通に仲良くしている。


あっけらかんとしていられるか、深刻になってしまうかは、本人の性格と家族の影響がありますが、たとえ親が勉強について強圧的でなくても、苦言を言わない環境であったとしても、深刻になってしまうこともある。

そして、勉強に存在価値を左右されてしまう子と、学校でいじめられる子は、共通点があるように思えます。

すべての親子に当てはまるわけではありませんが、組み合わせがあるように思えて、仮説として読んでいただければと思います。

次回、「勉強に存在価値を左右されてしまう子と学校でいじめられる子は〇〇しすぎる×親が〇〇しすぎる」




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